はじめに
 
   
 大阪の此花区と申しましても他府県の方からは、
 大阪のどの辺に在るのかさえ分らぬ地域のようでしたのが、
 区内に大規模テーマ・パーク「ユニバーサル・スタジオ ・ジャパン」ができて漸く知名度を得た感があります。
 淀川と安治川に囲まれ、大阪湾に面した海抜0米地帯で、戦前は東洋のマンチェスターと呼ばれた
 西大阪の重工業地帯の中核を成す地域でした。
 西六社と呼ばれて、大阪ガス、汽車製造、日立造船 、住友化学、住友電気、住友金属が在り、
 戦時には軍需工場として、そこで働く人々の街でした。

 平和が訪れて半世紀余り、日立造船や住友金属の跡地に出現したのが、
 ユニバーサル・スタジオ・ジャパンです。
 地元には直接利益をもたらす事の少ない経済特区のようなものです。
 私は、そんな此花区の中心で大阪名所とも呼ばれた、巨大な八本煙突の聳える春日出発電所の近くに
 1934年(昭和9年)に生まれ、古稀の年代に達しました。

 幼時に背椎カリエスに罹り、その後遺症で下半身マヒの車いす常用の障害者ですが、
 此花区の事のみでなく、車いす・バリアフリー・介護福祉・同時代史・出身校の同期会等々について、
 私なりのメッセージを掲げてみたく思いますので、よろしくお願い致します。
                                       平成15年1月   吉本 昭

 
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